第1回 北浦街道まち歩き・お宝探し

9月26日、中東地区まちづくり協議会・地域づくり部会による「第1回北浦街道まち歩き」(唐戸地域)がありました。この日のために地域づくり部会のみなさまが長期間にわたって準備をしてこられ、当日は50名ほどが参加されました。

北浦街道とは、当時の赤間関と城下町・萩を結んだ街道で、幕末には明治維新の志士たちが行き来した場所です。下関は北前船の寄港地としてにぎわい、本州の端で九州との渡し場もあった唐戸地区にはその時代の遺跡や石碑が多く残っています。唐戸地区で育った私も初めて知ることばかりで大変驚きました。まち歩きで教えていただいたものをいくつか写真で紹介します。

1、亀山八幡宮にある世界一大きいふくの像。ここをスタートにまち歩きはおこなわれました。説明してくださっているのは観光ガイドの平松資朗さん。

2、お亀茶屋跡 伊藤博文の妻の梅子が茶子をしていた茶屋跡。刺客に追われていた伊藤博文をかくまったことが2人の出会いとなったそうです。梅子夫人は1924年に77歳でなくなっています。

3、大坂屋跡 現在の東京第一ホテルの建っている場所が下関のなかでもっとも大きく繁盛していた遊郭「大坂屋」があった場所。

4、東京第一ホテルの裏にある末廣稲荷神社。赤間関最古の神社でもあるこの神社は、今でこそ古くなっていますが、地元の方たちが手入れをしてくださっているそうです。神社の麓のかつての地名は「稲荷町」。西の大坂ともいわれていた下関がもっとも栄えていた時代の神社です。

ほかにも、床屋(とこや)発祥之地、堂崎の渡し場、林芙美子の碑などを見てまわりました。さらに街のあちこちに下関空襲の跡があることも教えていただきました。興味のある方はぜひ唐戸地区に残る史跡をめぐってみていただきたいです。このような場をつくっていただいたみなさまに感謝いたします。

最後に…こうしたイベントを通じて、市民レベルの交流を深めていくことが地域づくり部会の大きな目的です。まち歩きはイベントのなかの一つであり、今後もさまざまなイベントを通じて交流を深めたり課題を解決したりしながら、地域の力をつくっていきたいという思いが詰まったイベントでした。私たちのような若い世代はなかなかこうした場に行くことはありませんが、参加してみることで、地域の歴史はもちろんいろいろなことを教わることができる場になるのではないかな、と感じました。

また、2回、3回と続けて行く予定ですので、みなさん参加してみませんか?

 

北浦さかなまつり in 特牛

本日15日、特牛の地方卸売市場特牛市場にておこなわれた「さかなまつり」に行ってきました!

鮮度抜群の北浦産の鮮魚や海産物を求めて市内外からたくさんの方々が来られ、会場はたいへんにぎわっていました。

売台にはサワラ、シーラ、コシナガなどの鮮魚やサザエなどの貝類、ちりめんや田作りなどのイワシの加工品などもありました。また場内ではイカ焼き、シーフードカレー、女性部のサザエ飯など、ニューフィッシャーを含む漁師さんたちが手作りのおいしい料理を振舞われました。

毎年おこなわれているさかなまつりですが、近年流通の変化や異常気象などで漁師さんたちをとりまく環境は厳しくなっており、今年はとくにイカが不漁だといわれています。特牛港はイカの水揚げ港でもありますが、この近海では揚がっていないため、特牛港には揚がっていないとのお話でした。

そういったなかで、北浦沿岸では若い漁師の方も入ってこられており、ベテランの漁師さんの指導のもとで頑張っておられます。漁師さんや仲買さん、加工業者さんなどかかわるみなさんが総出でこの祭りを盛り上げておられました。

祭りは今日だけですが、豊浦町、豊北町の沿岸部は昔から漁業で成り立っており、漁師さんたちが苦労してとってこられる魚はとても美味しいです。

下関屈指の漁業地域である北浦にぜひ足を運ばれてみてください。

 

下関市のネーミングライツについて

近年、下関でも知らないうちに公共施設の名称が変わっていることが増えてきました。市民球場が「オーヴィジョンスタジアム」、向山小学校前の歩道橋が「典礼会館向山歩道橋」、海峡ゆめ広場が「オーヴィジョン海峡ゆめ広場」、駅前人工地盤が「日本セレモニーウォーク」など、はじめて名称を聞く市民にとっては「どこのことだろうか?」と思う方も少なくないと思います。「なぜ案内板がついたのかと思った」「どうして突然名前が変わったのか」「民間に売ったのか」という疑問の声をよくお聞きします。

ネーミングライツ(命名権)とは、自治体が財源確保を目的として公共施設の命名権を民間企業に与え、市の提示した希望金額(対象施設の維持・管理費などから算出)に応じた企業が期間限定で自社の名前やブランド商品名をつけるものです。海峡ゆめ広場は、2年9ヵ月で年間200万円。市道竹崎・細江線の命名権も、同じエストラストが購入して「オーヴィジョン海峡通り」となりましたが、料金は年間100万円です。

自治体にとっては財源が乏しい中で手っ取り早く収入が得られる手段ではありますが、同時に、公共施設の名称が次次にかわることによって市民生活に混乱をきたし、公共性が失われていくという問題があります。

全国で有名な例としては、東京オリンピックの会場として昭和39年に開設された「渋谷公会堂」があります。これは2006年から5年間の契約で広告大手の電通が命名権を取得しましたが、電通が飲料大手のサントリーに権利を転売し、その商品名をとって渋谷公会堂は「cc.Lemonホール」となりました。これには非難の声も多く、契約期間満了をもって再び渋谷公会堂に戻りましたが、今年から「LINE」が命名権を取得し新たに「LINE CUBE SHIBUYA」という名称に決まりました。

ほかにも東京スタジアムが「味の素スタジアム」になったり、神戸総合運動公園野球場が「ほっともっとフィールド神戸」になるなど、みなが慣れ親しみ大切にしてきた市民の施設がまるで企業の施設のようになることや、契約期間満了によって次次に名前が変わっていくことは考えものです。

公共施設は県民・市民の財産です。そもそも税金で整備された施設であり、それぞれに経緯や歴史があります。市民の利便性やその施設の存在意味とかけ離れたところで、特定の企業の名前がつくことは違和感が否めません。やはり公共施設は、特定の企業の宣伝に利用するものではなく、市民みんなのものとして誰もが公平に気持ちよく使える施設であるべきではないでしょうか? 

そもそも下関市でネーミングライツ料として年間数百万円を出せる企業がどれほどいるだろうかと思います。公共財を切り売りするようなことではなく、中小企業が元気になる経済政策こそ必要だと思います。