9月定例会の一般質問「下関市の水産業振興」についてのご報告。【文字起こし】

9月定例会の一般質問で下関市の水産業振興について質問しました。

下関漁港では今春、唯一残っていた巻き網船団が操業を中止したほか、8月には沖合底引き網漁業を担っていた漁船1隻が沈没する事故が起き、6カ統のうち1カ統が操業できない状態となりました。それにより下関漁港に水揚げされる魚は激減し、市場の存亡がかかった問題として現場の危機感が広がっています。「最後の砦」である沖合底引き網漁やそれにかかわる産業を守っていくために老朽化した漁船の更新が待ったなしですが、新船建造にかかる費用が急騰しており、市や県による支援が切実に求められている状況です。以下、質疑要旨を掲載し、皆様へのご報告といたします。

沖合底引き網船の操業風景

本池 下関市の水産業振興について質問する。今年8月16日、下関漁港の水揚げの主力である「沖合底引き網漁業船」1隻が沈没する事故が起きた。3カ月間の休漁期間を経た漁開始日初日での事故だった。乗組員の方々は海に投げ出されたが、幸い、間一髪のところで助かり、下関港に戻られたようだ。命が失われずに済んだことは不幸中の幸いではあるが、今期の操業は見込めなくなり、業界全体に影響が及んでいると同時に、今後が心配されている。沖底1カ統の年間水揚げ金額は「4億円」ともいわれているが、これが船もろとも失われたわけだ。業界への影響をどう認識しているか。

原田農林水産振興部長 非常に残念だが、まずは大変な事故にもかかわらず、死者やけが人が出ることなく船員の方が無事であったことが何よりであったと考える。本市の沖合底引き網漁業は、4社が2隻を1組とした6カ統を操業しており、その水揚げ額は本市漁業の5割以上を占めていることから、本市の基幹漁業と位置づけられている。そのため今回の事故により1カ統が操業できなくなることは本市の水産業や関連産業に大きな影響があるものと懸念している。

本池 市としてどのようにかかわっているか。

原田部長 その影響を最小限にとどめることができるよう、まずは漁業会社や市場関係者等の意向を確認したうえで、山口県ともしっかり連携し今後どのような対策ができるか検討していきたい。

本池 下関漁港では今年の春、下関に唯一残っていた巻き網船団が操業を中止している。これにより水揚量、取扱量ともに激減しているなかでの事故だった。地元の巻き網船団の操業中止の理由と、影響についての認識、市の対応について答えをお願いする。

原田部長 船員の退職等が重なったことなどにより、操業を続けていくために必要な人員の確保や体制の維持ができなかったことから、やむを得ず操業をあきらめることになったと聞いている。影響についてだが、操業を中止した中型巻き網漁業は、令和6年の実績で下関漁港へ352㌧水揚げをしている。山口県下関水産振興局が発表した下関漁港の沿岸漁業の水揚げ量によると、今年5~7月の水揚げ量は対前年同月比で、いずれも前年の3割ないしそれを下回る水準の水揚げとなっていることから、大きな影響が出ているものと考えている。このため本市としては下関漁港を管理する山口県と連携し、関係者と意見交換をおこないながら、市場の集荷対策等について検討していきたい。

本池 今からの対応はぜひお願いしたいが、市として操業中止の認識がいつだったのか、そこにかかわれたのかもう一度お聞きする。

原田部長 市としていつ相談を受けたか正確に把握していないが、事前に廃業の情報や相談はなかったと聞いている。

本池 関係者のみなさんに聞くと、巻き網船団の水揚げが、5~8月の沖底の休漁期間、下関漁港を支えていたそうだ。それがなかったことで、今年の夏は「魚がない」「仕事がない」状態になり、「市場が死んだようになっていた」といわれている。そして待ちに待った沖底の漁解禁日を迎えた初日に事故が起きたということで、「水産都市下関」の存亡がかかった問題として漁業者から鮮魚店、飲食店まで危機感が広がっている。

巻き網船団がなくなり、沖底は実質5カ統になっているが、下関全体で、漁業経営体数はどのように変化してきたか。合併直後の平成17(2005)年と直近の数字でお願いする。

原田部長 平成17年は1191経営体であるのに対し、令和6年は617経営体となっている。

本池 この20年間で急速に減っていることがわかる。漁業者がいなければ水揚げもないわけだが、このような減少になっていることについて、市はどんな考えを持ち、どのような施策を実施しているか。

原田部長 本市の漁業経営体数の減少は、高齢化や後継者の不足、漁獲量の減少などによるものだと認識している。漁業をはじめとする水産業の持続的な発展のためには、その根幹である漁業者の確保が重要であることから、市としても山口県と連携し、新たに漁業を志す方への支援や、就業間もない技術が未熟な漁業者に対する支援など、安心して漁業を始め、継続して操業できる環境を整え、漁業への就業の促進に努めているところだ。また、漁業収入の安定化をはかるため、栽培漁業センターにおいて放流用の種苗を生産し、沿岸域の水産資源の増大にもとりくんでいる。

本池 市としてもなんとかしなければならないということで、こうした施策をされているということだが、残念ながら「維持」ともいえる状況ではなく、遠洋、沿岸ともにどんどん厳しい状況になっている。市内総生産に占める水産業の割合はどのように変化しているか。

原田部長 経済産業省が作成している統計資料の経済センサスによると、合併後直近の平成18年度が約0・4%であり、最新の令和3年度では約0・2%となっている。

本池 この数字自体、あくまでも一つの参考ではあるが、割合としても半減しているということだ。現在のこの数値をどうとらえているか。

原田部長 先ほど示した水産業の割合は漁業のみの生産額であり、その数字自体は小さいものの、本市では漁業は水産加工等の製造業や、卸売・小売業、宿泊・飲食といったサービス業など、他のさまざまな産業と密接に連携しており、市としては漁業は重要な産業であると考え、支援しているところだ。

本池 まったくその通りだ。水産業を底上げしていくことで他の産業にも効果をもたらすし、なにもせずに縮小するに任せていては、かかわる産業全体が衰退の道に進む関係性だと私も思っている。だからこそ全力で保護、育成していかなくてはいけないものだ。

水揚げなければ市場も危機に 加工や飲食にも広く影響

本池 これは下関漁港水揚量【グラフ①】だが、昭和41(1966)年には日本一の水揚げがあり、ちょうどこの年に「下関大丸」の売上は年商30億円を突破したそうだ。

大丸の歴史を見ると、昭和47年に年商80億円、49年に100億円を突破し、52年の現在の大丸オープンにつながった。その大丸下関店の来年8月閉店にともなって今、産業振興部が大丸の建物の譲渡を受けるか受けないかみたいな話をしているが、大丸も水産業の隆盛とともにあったことがよくわかるし、商業や市民生活の豊かさや活気は、基盤となる水産業があってのことだったと思う。産業の衰退が大丸の売上げ低迷と撤退につながっているし、産業をどう盛り上げていくかとか、市民生活の実態を抜きにして、譲渡を受けた方がいいとか悪いとか論じていること自体がピントはずれであるように思う。

話を水産業に戻す。漁業の動きとしては、日本一の水揚げを記録した6年後の昭和47年には以西底引きの減船が始まり、昭和52年には200カイリ規制が始まり…というように、国際的な動きの影響も受けながら変化してきたことがわかる。グラフ最後の令和6(2024)年の水揚げは1万9591㌧で、ピーク時の約7%まで落ち込んでいる。93%の減だ。令和8年は巻き網船団の操業中止、やまぐち丸の沈没事故があったので、ますます厳しい状況になると思う。これに加えて中東情勢による燃油や資材の高騰で漁業経営自体も厳しくなっている。

くり返すが、水揚げは水産業とそれに連なる経済活動にとっての生命線だ。漁業者、漁船が源泉だ。これ以上「魚がない」「仕事がない」状況を作り出さないよう、なんとか食い止めなければならないが、下関漁港に揚がる魚、水揚げする船を減らさないための施策は展開しているか。

原田部長 高度衛生化に対応した荷さばき所の整備や、漁獲物のブランド化の推進による魚価単価の向上、下関漁港を水揚げの根拠地とする沖合底引き網漁業への支援などにとりくんでいるところだ。

本池 聞きとりのさいに市場が主体になった集荷対策協議会ができたと聞いたが、間違いないか。

原田部長 集荷対策検討協議会において漁港市場への集荷についての対策を卸売関係者、仲買関係者、行政関係者で検討をおこなっているところだ。

本池 新しい動きとして、市場主体の集荷対策協議会も発足したとのことだ。このたび、巻き網船団の操業中止によって地元船の「あおもの」の水揚げがなくなってしまったのだが、他県の巻き網船団やトラック便が基準としてきた、地元・下関の安定して水揚げされる魚の品質や価格がなくなったことが致命的であるという話を聞いた。

市場としては、他の市場の相場を基準にするほかなくなるという影響も出ているほか、市場に水揚げされる魚がないことで他県の漁業者などに送っていた市場の「相場表」がなくなってしまって、呼びにくいと。「集荷」というとき、地元を根拠地とする漁船を守ることが、非常に重要であるということを私も認識したところだ。

だからこそ、船を減らさないことは基本中の基本であって、市や県がここに本気になることが大事だとみなさんいっておられる。ブランド化もいいが、この間、船はどんどん減って、下関漁港を根拠地とする船は沖底船6カ統のみになってしまっている。その沖底船が「最後の砦だ」といわれているのだが、下関市は「沖底」の存在をどのように認識しているか。

原田部長 本市の漁業の水揚げ額の5割以上を占める基幹漁業であり、水産加工をはじめ流通から販売、宿泊・飲食まで地域の産業を支える重要な存在であると認識している。

「最後の砦」沖合底引き網 代船建造待ったなし

本池 【グラフ②】は沖合底引き網漁業の水揚量と延べ水揚隻数の推移をあらわしたものだ。黒丸の数字は、県の水産統計より、その年に操業していた沖底の隻数を拾ったものだ。比較可能な昭和49年からグラフにしたが、水揚量、延べ水揚隻数ともに激減だ。「最後の砦」といわれる沖底がこのようになっているのだが、ここまで減ってきた原因と、沖底をめぐる課題をどう捉えているか。 続きを読む →