本池涼子の決意

私は2009年に長周新聞社に入社し、以後、先輩たちとともに活動してきました。新聞の配達や集金を通じてさまざまな人に出会い、取材活動では現場に入っていくなかで、かかわる人の思いや事実を正しく掴むことの大切さや、人人の利益を阻むものと守るべきものとをはっきりさせ、正しくないことに対しては遠慮なく批判を加えること、特定の政党政派を利するのではなく、社会全般の共通利益の側に立った報道を貫くことの重要さを学んできました。

下関では今、高齢化と人口減少がかつてなく進んでおり、どの産業でも担い手がいないことが深刻な問題になり、このままでは産業の発展どころか維持も困難になるという危機感が広がっています。進学と同時に多くの若者が都市部へと出ていき、高齢化で町のコミュニティの存続すら危ぶまれたり、子どもの減少で学校が次次になくなったり、地元企業の廃業や倒産が増えたり、市民全体のなかになみなみならぬ危機感が広がっていると思います。中心市街地でもビルや家屋の解体ばかりが目につくようになり、ゴーストタウン化を懸念する声が上がっています。今の下関の衰退状況と将来を多くの人が案じておられ、「どうにかしないといけない」という切迫した思いが共通のものになっています。

このようななかで、本州最西端の街において、地方自治がまともに機能しているのか? という問題は曖昧にできないものがあります。議会、行政がはたして「全体の奉仕者」として市民の暮らしに向きあっているか? という問題でもあると思います。人口減少は毎年2500人規模にまで拡大し、市長の任期である1期4年で1万人というすごい数の市民がいなくなっています。一頃前には年間2000人規模で進行していたものが、人口流出や自然減によって膨らんでいる傾向にあります。それは、暮らしにくさを端的に示しています。全国でも指折りの人口減少率であるというのは、たいへん不名誉なことですが、そのメカニズムはどうなっているのか分析を加え、対応しなければ解決にはたどりつけません。

産業振興や定住対策、子育てや暮らしやすさを全力で追求しなければ、都市一極集中の流れのなかでとり残されるのが現実であり、昨今傾斜している観光行政だけではイベント頼みの週末都市化を招くだけで、肝心な市民の暮らしを盤石なものにし、定住できる環境を整えることにはなりえません。

誰もが知っておられるように、この街では長年にわたって、安倍派、林派のいずれに属しているかというような、ガチガチの政治構造が横たわってきました。行政もそれに付属しているかのような風潮さえ浸透し、市長選でも露骨に「どっちのものか」を争っている始末でした。それこそ国会で問題になっているように、行政は「全体の奉仕者」であるという観点をどれほど持ち合わせているのか疑問です。そのことは、先ほどのべたような、全国でも突出した衰退都市になってしまった事実と決して無関係ではないと思います。

民主主義と生活を守る下関市民の会は、そのような下関の街のなかで、行政に民主主義が貫かれるよう運動を展開し、市民のなかから要求をとり上げて、これまでゴミ袋値下げや給食食器改善、軍港化反対署名など、全市民のために働く立場を貫き、それらの運動を下支えして奮闘してこられました。現在、安岡・横野では、洋上風力発電建設に反対し地域の暮らしを守るために住民や漁師の方方が体を張ってたたかっておられます。最近では子ども食堂を開設したり、子どもたちをみんなの支えで育てていこうと奮闘されている方が市内にも無数におられます。さらに、高齢化の進む下関で地域を一生懸命に支えている自治会関係者の方など、地域のため、協同の力に依拠して奮闘しておられる方方がたくさんおられます。そのように下関をよりよい街にしていくために頑張っておられる人人と連帯して、市民のなかから声を上げ、まともな地方自治を実現していくことが求められていると思います。

先の山口県知事選で、若者の投票率は10代で23%、20代前半になると10%台、30代も23%と、政治離れが顕著であったといわれています。とはいえ、若い世代は決して無関心なわけではないと思います。政治が市民や国民のためにあまりにも機能しておらず、「どうせなにをいっても変わらない」「だれがやっても変わらない」という認識が定着してしまっている結果だと思います。むしろ政治から置き去りにされていることへの冷ややかな対応であるように思います。したがって、現役世代や若い世代が溌剌と政治参加できるように、そして、それらの行動力ある世代が協同のため、地域コミュニティのため、社会のために汗を流し、声を上げ、献身するような政治風土が根付くことを望んでいます。

母である本池妙子の2期にわたる議員活動を、私も長周新聞社勤務員の1人として、先輩方とともに支えてきました。そのなかで学んだことや、見えてきた課題にこそ向きあい、現状よりももっとパワフルに働くことが求められていると自覚しています。若輩者でまだまだ人生経験が浅いことはいうまでもありませんが、下関市民の会のみなさんの支えや、この会場にお集まりになっておられる市民の会の支持者のみなさんの支え、さらに長周新聞社の心強い仲間たちに支えられて進んでいくことを肝に銘じています。今後、全力で後援会活動を展開していくことを誓いたいと思います。先輩方には、選挙戦術も含めて多くのアドバイスを頂きたいというのも本音です。

最後になりますが、後援会会長の任を引き受けて頂いた海原さんには、この場を借りて感謝を申し上げ、私の決意とします。一生懸命頑張りますので、ご協力よろしくお願いいたします。(2018年3月31日)

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